あなた方は真理を認識するであろう。そしてこの真理はあなた方を自由へと導いてくれることだろう。

「ヨハネによる福音書」第8章、32節


【キリスト者共同体の創立】

 「宗教改新運動」とも呼ばれる、キリスト者共同体(ディ・クリステンゲマインシャフト)は、1922年(大正11年)9月16日にスイスのドルナッハで、フリードリッヒ・リッテルマイヤー(1872〜1938)によってとり行われた、最初の「人間聖化式」によって創立されました。この創立によって女性司祭3名をふくむ45名の司祭が就任し、まずドイツを中心とした中部ヨーロッパでその活動が始りました。


【未来のキリスト教】

 創立者の司祭の中に、日本でも岩波文庫『仏教』の著者として有名な、インド・チベット学者ヘルマン・ベック(1875〜1937)が加わっていたことは、キリスト者共同体のキリスト観の大きさを示す事実として特筆されるべきでしょう。なぜなら当時のヨーロッパでベックほど仏教の本質を認識し、敬愛していた人物は、ほんとうに少なかったのですから。
 キリストの存在と働きを、キリスト教のみならず、他の宗教や精神文化の中に、そしてキリストの『体』としての地球の自然界の中にも見い出そうとする態度は、未来のキリスト教の発展にとって大きな意味のあることだと思われます。
 人智学運動の創始者であるルドルフ・シュタイナー(1861〜1925)は、リッテルマイヤーやエミール・ボックを中心とする当時のプロテスタント系神学者や学生の要請を受けて、キリスト者共同体の創立の為の助言者として、数多くの講義や話し合い、そしてサクラメント改新の為の指導を通して、計り知れないほど多くの寄与をもたらしてくれました。


【活動の基盤としての自由】

 キリスト者共同体は、自立した人間の自由を、その活動の基盤とします。戒律や、それを絶対信じなければならないというドグマ(教義内容)などを持っていません。また、女性が司祭として活動することができます。これは創立当時そして現代でも、非常に革新的なことといえるでしょう。
 現代人は、自立した自我を持つ存在として、宗教生活における完全な自由を要求する権利と、同時にそれを守る義務があります。ですから司祭は、権威による指導を行わず、むしろ友人としてメンバーの人々と結び付いています。公認の神学というものもありません。一人ひとりの司祭が、自らの責任において、自らの神学を代表しているといえます。
 キリスト者共同体の活動の背景には、人智学によって認識可能となったキリスト論や、聖書解釈がありますが、それも教義内容ではありません。ですからそれを信じるか信じないかは、司祭の、そしてメンバーのまったくの自由なのです。キリスト者共同体は、欧米で一般的に誤解されているように、「人智学者の為の教会」ではないのです。


【七つのサクラメント】

 こういった「自由」を背景に、キリスト者共同体には、七つのサクラメントと呼ばれる儀式があります。洗礼式、思春期を迎えた子どもの為の堅生式、運命に対する助言を行う対話のサクラメント、パンとワインによる聖餐式である人間聖化式、司祭就任式、結婚式、そして死に際してのサクラメントである終油式、の七つです。そしてこの七つのサクラメントによって、誕生から死に至るまでの間に、キリストに直接結び付く為の機会が与えられるのです。
 またサクラメント以外の儀式としては、子どもの為の日曜礼拝式、葬儀、子どもの為の葬儀(14歳まで) があります。


【キリスト者共同体の活動の意味】

 キリスト者共同体の活動の意味は、宗教生活における絶対的な自由と、霊的世界の地上への反映である厳格な儀式とが同時に存在し得ることにあります。
 春夏秋冬といった四季の順番を私たち人間の主観が変えられないように、儀式は神的世界という高次の自然界の法則の現われる場です。
 私たちは四季の織り成す様々なリズムの中で生きることを学びます。さらにその中で人間としての自由を得ようとします。同じように、儀式を人間の都合通り自由に変えるのではなく、むしろ儀式の場で真の自由を獲得して行くことが目的なのだといえましょう。 
 その意味でキリスト者共同体は、その共同体の要に儀式があり、教義や教えによってではなく、儀式が共同体形成の基盤となっているのです。

キリスト者共同体司祭・小林直生      


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